美術館を後にして肥薩おれんじ鉄道線沿いに写真を撮りながら帰ろうと思い、海沿いの町に出る駅で下車いたしました。
上田浦駅というところでございまして、自販機ひとつもない隔絶された海町でありました。
空き家も多く住んでおられるかも少ないようでございましたが、雰囲気はとても良く穏やかな内海の湾に囲まれた場所でありました。
写真を撮りながらユージンスミスが伝えたかったことの本質を考えておりました。
ユージンが伝えたかったものはなんなのか
それは水俣の悲劇なのではなく
そこに生きる人間の業
差別や生きるために罪を犯しながらも、お互いにその罪を許し合う相剋
人間の本質に宿る弱さ
水俣はいつかこの歴史を通じて何かしらの解決を見出せるとユージンは見通していたはずです
それは従軍した時に知ったのでしょうから。
人間はよりよく生きる道を導き出す生き物であると、そのためには痛みを通じて自分たちの身に巣食う醜い感情を知る必要があり、そこから学んで人を愛し、慈しむ心を伝えていかなければならないのだと、写真という小さな声を通じて語りかけているように感じました
わたくしも小さな声
それも内なる小さな声に耳を傾けながら写真を撮っておりますから、共感する部分も多くありました
ただ、ユージンの底知れない人間へのやさしさ、慈しみ、悲しさ、弱きものたちへの視線、そして自分自身も弱きものとして、チッソという会社に属していた人たちへも同じ人間として捉えていた真摯な人生観は写真から伝わってまいります。
弱きものという表現をするとき、強きものがいるように思われますが、そうではなくわたくし自身はいつも人間というものは全て弱きものとして捉えております。
この厳しい自然界においてなんとか生存しなければならないという宿命を背負った種族として、時に過ちを犯しながらも生きんとする意志。
同じ種族でありながら、傷付け合い、憎しみあい、それでも愛し合うこともできる。
帰り道、1時間に一本しかこない電車を待ちながら、海の音が聞こえる暑さが残る静かな町でわたくしは自然の中に聞こえてくる歴史の声とユージンスミスの声と痛みを忘れずに生きようとした人たちの声を感じながらこの旅を終えるのでございました。