SNSや実世界では常にある程度のルールが設けられていて、そこの中で比較されながら存在を知ってもらうことが当たり前になった。
しかしながら、一昔前の芸術家たちはSNSもなければ、新聞雑誌はあっただろうけれど、どうやって今に至るまでの名を残すまでの存在になったのだろうか。
今は、誰もがどんな人でもたくさんの人に知ってもらえる存在になったように見えて実はSNSという構築された世界の中に閉じ込めれてしまったのではないかと感じることがある。
そこではみんな仲良くして、人格者で、他者を敬い、攻撃的なことも言わず、それなのに比較し合い、時に裏の顔を見せて運営にアカウントを消され、その存在ごと忘れ去られてしまう。
表現者でなく、表現をしているような表現者という言葉がしっくりくるが、誰かが作った世界の中で、そのルールのもとで人生ゲームを競い合っている。
昔の芸術家たちのような狂気じみた性格の持ち主や破天荒な人生を歩んでいるエピソードはなく、みんな平均的な当たり前のような優しい顔のどこにでもいる量産型になってしまった。
芸術家と言われる人たちは、極限まで非生産的であり、ルールの外側にいる人間でしかない。外側でしか生きられないから狂気をはらみ、自分のルールのみに従う。
いつの間にか決まったルールの中で型に嵌められた人間になっていないかを時には自問自答していかないとあっという間に取り込まれてしまいそうになる。
SNSに使われるのではなく使いこなさないといけない時代なんだなと感じる。
これからは決まったルールを飛び越えていく方法も見つけていくのかもしれない。
生まれた時からSNSを知っている世代が大人になってきてただツールを同じように使っていては通用しなくなった。
自分の世界観とルールに惹きつけるものを構築していくことで既存のルールの外側に出てしまおうと思った。
それをどう見せていくのか配信していくのかしっかり考えていこうと思った次第。
常に芸術家を目指す人間は、ルールを壊していく存在であるべきだと思う。
全然まだまだだけれども。