がむしゃらにしゃにむにに。
最近は、コロナ禍のために仕事の収入もなく、誰しもが苦しい日々を送っておられると思います。
わたくしも同じでございまして、寫眞家と言ってはおるものの、もうすでに収入などはほぼなくなり窮状この上もない限りでございます。(飲食店に作品などを提供及び連携させていただいていたため)
しかしながら、これまでも窮地に立っても生きてきたのですからなんとか知恵を出して頑張って生きていくしかありません。
その中で、わたくしの未熟な写真を見てなかなか鋭い指摘をされる方ももちろんいらっしゃいます
それは、悪いことだと捉えることもできますが(もちろんその日はどん底に落ちたようになります)いいことだとも言えると思う次第でございます。
わたくしの写真は、確かにまだまだ未熟であり、写真愛好家の方の足元に及ばないこともあります
それは事実でありまして、しかしながら、未熟であるからと技術の成長をただただ磨いておって人に見せることもなくばそれまででありましょう。
表現をすることを人生の課題として選び、生きていくと決めた以上、行動するしかございません
誰に何を言われても、わたくしの表現こそが、目指している表現こそが、最上ものと思い余ってこそのものではありませんか。
未熟であるからと躊躇していてなんになりましょう。
アナログ写真の世界では得てしてこういうことで、自分の表現を押し込めてしまっている方がたくさんいらっしゃいます。技術的なことで諸氏先輩方には遠く及ばないからとか色々な思考が働いて自分一人で楽しむだけにしていらっしゃる方。大いに表現してよくはありますまいか。
アナログ写真で技術が未熟であっても、表現することで、人に見てもらうことによってこそ成長できると思っております。
だから、わたくしは我武者羅に遮二無二に
アナログ写真で表現することを人生で唯一の道と信じて疑わずに生きていきことを決めました。
今の表現が未熟でありましょう。もちろん自覚しております。
しかし、表現せねば生きていかれないほどの衝動がございます!
アナログ写真を好きになってくれたなら、共に表現していく方が増えていけば嬉しい限りでございます。
未熟で構いません。誰かに批判されて落胆しようではありませんか。
わたくしはこれしかないのであります。
表現できなくなることの方が、飢えるよりも苦しいのであります。
だから、息が止まるその瞬間まで写真を作り続けるのであります。