アナログ写真は残るべきものか

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写真を教えたいのではない。残したいものがある。

便利さは、時として大切なものまで置き去りにしてしまう。

写真もまた、その一つなのかもしれません。

シャッターを切れば、その場で結果がわかる。

何百枚でも撮り直せる。

指先ひとつで加工し、世界中へ届けられる。

それは素晴らしい進歩です。

けれど、その速さの中で失われてしまったものがあるように感じています。

フィルムを装填するときの静かな緊張。

一枚一枚を惜しむようにシャッターを切る時間。

現像が終わるまで、写っているかどうかさえわからない不安と期待。

暗室で、白い印画紙の上にゆっくりと像が浮かび上がる、あの息を呑むような瞬間。

写真は、最初から「画像」ではありませんでした。

誰かの記憶を未来へ託すための「痕跡」だったはずです。

だから私は、写真教室を開きたいのではありません。

アナログ写真という文化を、次の世代へ手渡したいのです。

カメラの操作を覚えることよりも大切なことがあります。

なぜ写真を撮るのか。

なぜプリントという形で残すのか。

なぜ、時間をかけて一枚と向き合うのか。

その問いを、一緒に考えられる場所をつくりたい。

写真は、速く撮るためのものではなく、深く見るためのものでもある。

私はそう信じています。

もしアナログ写真が消えてしまえば、失われるのはフィルムや暗室だけではありません。

時間をかけて世界を見つめるという、人間らしい営みそのものが、少しずつ薄れていくのではないでしょうか。

だから私は、この文化を残したい。

技術としてではなく、価値観として。

知識としてではなく、体験として。

そして作品としてだけではなく、人から人へ受け継がれる文化として。

写真教室を始めようかと思っています。

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