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写真の心

写真がこの世に発明されてから、デジタルに至るまで人々の日常に溶け込んできた。

日々の中で、息を吸うように何かしら記録のため、共有のため、あらゆる場面でカメラのシャッターは押されている。

しかし、思い出の記録は携帯電話のスマホの中に画像としてあるばかりで、見返す事もなく静かに忘れ去られていく。

写真は消費され続け、ただ枚数だけが蓄積されていく。

携帯が壊れ、失くせばその記録も彼方へ消えていく。

だが、写真を撮ったときの記録の想いが一瞬であるためか消えてしまったとしても、諦めがついて、悲しみも一瞬だ。

いつから、僕らは形に残すという事をしなくなったんだろうか。

いつから、僕らの人生はスマホの中で完結する様になったんだろうか。

始まりは、いつだって便利であるというところから始まり、有意義な時間を確保するためだったのに、いつしか時間に追われた生活になり、何か余裕を無くして、人間を考えなくなった。

アナログ写真は、以前は当たり前の撮影技術だった。

今から考えると不便であり、時間がかかり、手間もかかる。

進化と便利は別物で、想うに人間は人間であるという証明を日々重ねていくことにあるのではないかと感じるんだ。

僕は、写真を通じて心を形成していきたい。それはスマホの中では完結しない。

日々の無駄とも思える時間と手間をかけることが僕という人間を作り上げていく。

肉の塊でしかない僕という人間に魂を宿すのは僕自身なんだ。

その過程を記録していく機械という道具。それがカメラなんだ。

それには、どうしてもアナログ写真でなければならない。果ては絵画でも良かったかもしれない。それに近いものはフィルム写真だったんだろう。

だから僕は形に残る写真を日々作り続ける。

写真が寄り添い、人間という証明を、肉に魂を宿らせた人生の軌跡を残すために。

今回、それを仕事として完成させてお渡しをしてきた。

フィルムで撮影し、手焼きプリントに額装まで自身の手で施した。

被写体の方の人生の記録、一瞬に宿る人間としての生き様。何者であるかを語る視線や所作。全てを語るように。

それは形として残してこそ語られる。

とても喜んでもらえたことで、この技術を持てたことを誇らしく思うし、この写真の技術を残していきたいとも強く思う。

人が持つ世界は、可能性に溢れていてどんな時代になっても変わらないけれど、喜びを共有し、心を表すものは画像ではなく形あるものを生み出していくことで魂を証明させていくことなんだ。

写真の心は、どんなに世界が荒れ果ててもきっとぶれることはないはずだから。

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